

ここ20年ほどの間に、洗濯洗剤や柔軟剤の香りって異常なまでに強くなってしまいましたね。
洗濯した直後だけではなく、服を着て一日過ごしていても香りが残り、人によっては少し離れた場所にいても分かるほどだから相当なものです。
でも私はその強烈な匂いについて非常に懸念していることがあるので、洗濯洗剤や柔軟剤はできるだけ「無臭」に近いものを選んだ方が良いという考え方をしています。
というのも嗅覚は単に匂いを感じるためだけのものではなく、人間が本来持っている「直感」につながっている可能性があるからで、そもそも嗅覚というのは五感の中でも少し特殊で、目や耳から入った情報は脳の中でいったん整理されてから認識されるのに対し、匂いの情報は感情や記憶、本能に関わる部分へ真っ先に伝わります。
だから匂いを嗅いだ瞬間に、頭で考えるよりも先に「危険だ」「嫌だ」「安心する」といった反射的な反応が起こるというわけです。
この「考えるより先に反応する」という嗅覚の働きは、人間以外の動物を見るとより分かりやすいかもしれません。
例えば犬は散歩中にあちこちの匂いを嗅ぎ、そこに残されたさまざまな情報を受け取っていますし、他の野生動物もまだ姿の見えない敵の存在を匂いから察知し、その場から離れたり身を隠したりします。
つまり動物は匂いから得た情報を頭で細かく分析しているのではなく、嗅覚を通して危険や周囲の変化を感じ取り、本能的に瞬時に次の行動を決めているということです。
これは「直感に近い働き」ということも言えるとも思うのですが、じつは人間にも程度の差こそあれ同じような能力が残っていると考えられます。
腐った食べ物や焦げた匂いに対して、成分を細かく分析してから危険だと判断するのではなく、まず「食べてはいけない」「何かおかしい」と感じるのもおそらくはそうした能力の一つですね。
だけど・・・・・・・です。
現代人が置かれている環境はというと、高度な文明によって自分の感覚を頼りに周囲の変化や危険を察知する必要性が大きく減ってしまっていて、機械が代わりに危険を知らせてくれたり必要な情報を知らせてくれるようになったことで、人間が動物として持っていた野性的な感覚、あるいは本能的に判断する力を使う機会が殆どと言って良いくらい失われてしまいました。車だってもう直ぐ自動運転の時代ですしね。
そして最も本能的・直感的に判断する力に直結しているかもしれない嗅覚に至っては、洗剤や柔軟剤の強烈な香りを一日中身にまとうことにより、その機能がマヒしてしまったり大きく低下してしまったり、あるいは匂い自体が覆い隠されて何も感じれなく(匂わなく)なってしまっている可能性すらあって、それでは匂いから得られるはずの様々な情報が十分に受け取れなくなりますし、そうなればその情報をもとに動いているはずの本能・直感・判断といった機能も軒並み失われていることだって十分にありえる話になってきます。
すが人間も動物ですから、頭で考えるよりも先に危険や異変を察知する能力は、本来失ってはいけないものだと思いますし、だからこそ嗅覚を麻痺させるような強い香りを毎日身にまとい続ける生活が日常的にあることに、非常に大きな危惧と懸念を抱いています。
それが知らず知らずのうちに人間を大きく退化させているかもしれませんからね。
ですから洗剤や柔軟剤のきつ過ぎる香りについてはもう少し疑問や危機感を持つ人が増えくれたら・・・・というところでもあるのですが、幸いなことにここ2~3年ほどの間にそういう方は増えてきているようにも思います。
もしかすると洗剤や柔軟剤の強い香りに違和感を持つ人が増えてきたということ自体が、人間が本来持っている本能や直感が「これは少しおかしい」と反応し始めた結果なのかもしれません。
そう考えると「最近の洗剤は匂いがきつ過ぎる」と感じ始めた方は、嗅覚や直感がまだしっかり働いているということなのかもしれませんし、その感覚を「気にし過ぎ」で片づけるのではなく、自分の身体から送られてきた大切な情報として受け取っていただけたら個人的にはすごく嬉しいところです。
なにせ人間には頭で考えるだけでは捉えられないものを感じ取る力がまだ残っているはずですからね。
だからこそ日々の中でふと感じる違和感を無視せず、人間に備わっている本能や直感を大切にしていく必要があるでしょうし、何より便利さと引き換えに、人間あるいは動物本来の感覚まで手放さないようにしていただきたいですから。