「嫌われてもいいから言え」は、ちょっと違うと思う話

最近よく
「みんなに好かれようとしない方がいい」
という話を耳にします。

自分を相手に合わせすぎると本音を押し殺すことになり、
結果として心がすり減ってしまう。

これは実際その通りだと思いますし、
そう感じている人が多いのも事実です。

ただその流れでよく出てくる
「嫌われてもいいから言いたいことははっきり言おう」
という考え方には正直あまり賛成できません。

というのも多くの日本人は

・相手を立てる
・空気を読む
・無駄な衝突を避ける

こういった感覚を大切にしているため、
いきなり「嫌われてもいいから言え」と言われても、
そう簡単にできるものではないからです。

むしろ無理に言おうとすればするほど
かえってストレスになる人の方が多いはずです。

だからこそこの考え方は一見正しいようでいて
重要な部分が抜け落ちてる・・・・・。

では何が抜けているのか。

それは
「言う勇気」ではなく
「納得できる根拠」です。

私が意識しているのは、
「誰が聞いても筋の通った説明を先に作ること」です。

感情や思いつきで話すのではなく、
まず自分の中で正当な理屈を組み立てる。

・なぜそう思うのか
・どこに根拠があるのか
・どういう流れでその結論に至ったのか

これを自分自身が納得できるレベルまで整理しておく。

ここで思い出すのが過去の経験です。

当時私は月に120時間を超える残業をしており、
多い時には170時間近くに達することもありました。

他の工場と比較しても明らかに業務量が多く、
体感としては3人分近い仕事を抱えている状態でした。

当然このままでは回らないと感じ
上司に「仕事量が多すぎる」と伝えました。

しかし返ってきたのは

「人を増やすには根拠が必要だから
何にどれくらい時間がかかっているかを出せ」

というものでした。

当時の私はその言葉に対して何も返すことができず、
また忙しさに追われて整理する余裕もありませんでした。

結果として状況はなんにも変わらないまま
時間だけが過ぎていきました。

ただ今振り返ると問題ははっきりしています。

部下の業務量を把握していないまま判断を行い、
現場の実態を確認することもなく結論を出している。

つまり正しく判断できる状態にない人が、
立場だけで判断している構図です。

さらに言えば
部下の仕事状況を把握していないまま仕事量の適正や人事評価なんて
公平に出来るはずがないですよね。

でもそれをやられちゃってた訳です。

だからこそあの時に必要だったのは
「嫌われる覚悟」ではなく、

上司の判断のどこに無理があるのかを、
自分の中で明確に言語化することだったんだろうなあと思います。

・何が問題なのか
・どこに無理があるのか
・なぜその判断が成立しないのか

そしてこれを整理できていれば、

「まず私の業務量が把握されていない状態は問題ではありませんか」
「この状態で適正な判断ができるとは言えないのではありませんか」

と、筋の通った話として伝えることができたはずです。

だけどそれができていなかったから
自分の正当性を伝えれない後ろめたさから弱腰になる。

そして結果として相手の顔色をうかがい
言いたいことも言えなくなる。

と、こうなってたように思います。

だからこそ、結局のところ問題は「言うかどうか」ではないってことなんですよね。

そんなことよりも自分の中で何が問題なのかをどこまで整理できているか。
そして誰が聞いても「それはあなたの意見が正しい」認めざるを得ない完璧な正当性を作れているかどうかだということなんです。

ここを曖昧なままにしていると
言えば大抵ぶつかるし、意見がまとまらなくなってしまいます。
それでは謙虚だったり気の弱い人は何も言えなくなりますよね。

だから必要なのは覚悟ではなく
「納得できる根拠を作ること」だと言いたいわけです。

それができて初めて、
相手の顔色や場の空気ではなく、
自らの主張を基準に動けるようになるのだと思います。

このことはもの凄く重要な事ですから、是非どなたにかれましても心のどこかに留めておいていただきたいものですね。