兵庫県立大学の教授の話によれば、他人に対して
叱ることなら30分でも1時間でもいくらでも続けることは可能
ですが、
褒めるとなると10分が限界
なのだそうです。
確かにそう言われてみれば叱り続けることは何も考えなくても簡単にできそうですが、褒め続けるというのはよほど相手のことをよく見ていない限り1分続けるのも難しい事のように思います。
それだけに、
叱ることより褒めることを意識する
ことの重要性が一般的にもよく説かれていて、
褒めて伸ばす
ことを大切にする人が増えているように思われます。
この褒めることを意識するというのは、良質の人間関係を築いたり、人の可能性を伸ばしてあげることに大いに役立つ行為になりますから、僕自身もとても大切な考え方として受け止めています。
ですが歳をとればとるほど。
或いはいろんな経験をすればするほど気づくのが、その褒めること以上にはるかに重要なことが別にあるという事です。
それが何かというと、
叱るにしても褒めるにしてもまずはなぜそのような行動や考えに至ったか「理由を聞いてあげる」
という事です。
これがとにかく重要で、例えば僕自身の実例で行くと、
・以前お世話になっていた知的障害者の子が寝泊まりする施設で宿直勤務をしていた時、前々日に勤務していた人がお茶の予備をほとんど作っていませんでした。
・前日は日曜日だったので施設はお休み。
・だから前々日の人がしっかりお茶の予備を作っていないと、僕が勤務した日はいきなり障碍者の子たちの飲むお茶が無くててんやわんやします。
・しかもその日はめちゃくちゃ暑い真夏日。
・まさか沸騰させた直後の熱いお茶を出すわけにもいかずほんとに困ってしまったので、僕自身の頭の方まで沸騰寸前だったのですが、そこでいったん一呼吸おいて冷静になり、後日
どうしてお茶を全く作っていなかったのか?
優しく聞いてみることにしました。
そうすると、
日曜日は施設はお休みなのにお茶を作り置きしてしまうと、お茶が古くなって味が落ちたり最悪腐ってしまわないかと心配で
それで予備をほとんど作らなかったんです
という返答が返ってきました。
なるほど彼にも彼なりの理由があってお茶を作らなかったという訳です。
僕からすれば「単にお茶を作るのをさぼりたかっただけなんじゃないの」っていう疑いの目と、「大量の予備がいるなんて考えなくても分かることやん」という当たり前のことが分かってもらえてない状況に当初はイライラしっぱなしでしたが、一応彼にも考えがあって、しかもその考えにある一定の思いやりや正しさがあったことも分かると、そのイライラも収まりましたし、何よりまず相手の考えをよく聞くことが大事だという事に気付くことが出来ました。
ですからそのお陰で彼を一方的に怒るというようなことはしなくて済みましたし、彼の考えの良い面は肯定しつつ、最低限こなしておかなければいけない仕事の範疇についても嫌な空気感が流れることなくスムーズに確認しあうことが出来たので、お互いにとって意義のある話し合いになったと思います。
こういうコミニュケーションの取り方ってほんと大事ですね。
自分自身の経験上、叱るしても褒めるにしてもまず相手の想いや言い分を聞いてからという事はほぼほぼなかったことですし、またぐ逆もしかりで叱責されたり褒められることがあった場合でも、なぜそのような行動や想いに行ったのかという事について聞いてもらえたことはまあありません。
特に叱責される場合というのはたいてい相手が一方的にこちらを責めるばかりで
こちらの言い分も聞いてから怒れよ
とか
一方的に怒りやがって腹立つわ
という悔しい思いばかりしてきた気がします。
でもきっとそれは僕だけの話でなくほとんどの人がそういう経験をされてきたはずですから、「怒るより先に理由を聞いてあげる」ということが、いかに人とのコミニュケーションを図る上で大事なことか理解できる人は多いのではないでしょうか。
相手の良い所を探して褒めることももちろんとても良い事なのですが、相手はなぜそう考え、なぜそのような行動に至ったのかという理由を聞いてあげることはもっと大事です。
そしてそれが出来た上で認めてあげられるべき点についてはきちんと認めてあげることが出来るようになれば、どのような人とでも素晴らしい人間関係が築けるようになるはずです。
たったこれだけのことでで救われる人だっていますしね。
ですから
褒めることよりもまずは怒らず聞いてあげる
これが人間関係を構築していくうえで最も大事な心構えではないかと思います。