小さな快楽に支配される時代

こんにちは。

いつもコラムを読んでいただきありがとうございます。

先日YouTubeのショート動画を見ていて、思わず「なるほどなあ」と感じる話がありました。

内容はとてもシンプルですが今の時代をよく表していると思ったので、少し紹介させてもらいます。

最近の日本人の生活を見ていると、少し滑稽に感じることがあります。

指は一日中スマホを撫でまわし、お腹は必要以上に満たし続ける。

それでいて

「やる気が出ない」

「集中できない」

と嘆くのです。

はっきり言えばこれはドーパミン中毒の状態です。

強すぎる刺激を浴び続けることで、自分自身で快楽のハードルをどんどん引き上げてしまった状態です。

●短い動画

●甘いお菓子

●脂っこい食事

●鳴り止まない通知

小さな快楽を何度も何度も摂取するたびに、脳は「もっとよこせ」と要求するようになります。

その結果どうなるか。

読書や仕事、地道な努力のような刺激の弱いことでは満足できなくなります。

強い刺激に慣れてしまった脳は、弱い刺激をすぐに「退屈」と判断してしまうからです。

しかし本来、成長というものはその“退屈”の中にしか存在しません。

優秀な人というのは「快楽よりも成果」を選び、「衝動よりも戦略」を選び続けます。

だからこそときには

●スマホを閉じる

●腹八分で止める

●刺激を減らす

そうして失われた「渇き」を取り戻すことが大切なのかもしれません・・・・・・。

と、このような内容だったのですが、これはどなたにとってもなかなかに考えさせられるお話ではなかったでしょうか。

便利なものや楽しいものが増えたこと自体は、決して悪いことではありません。

むしろ私たちの生活は昔に比べるとずいぶん豊かで快適になりました。

ただ一方でその便利さや強い刺激に慣れすぎてしまうと、本来人間が持っている繊細な感覚や、静かに物事に向き合う力が少しずつ削られていくということでもあるのだなあと思います。

その結果、人間らしさや感受性といったものは育ちにくくなってしまうのかもしれません。

それだけに紹介文の中にあった「成長というのは退屈の中にしか存在しない」という言葉には深く考えさせられるものがありましたし、また大事にしたい考え方の一つだなとも感じました。

快楽の奴隷で終わるか。

それとも刺激を制する支配者になるか。

こうしたことを意識しながら日々健全な選択を心がけることは、今後さらに発展していくであろうこの刺激の強い社会を生きていく上で、ますます大切になってくるのではないでしょうか。