
その男性はかつて腕利きのペンキ職人でした。
しかしある日突然脳梗塞に襲われ、体の半分がマヒしてしまいました。
やけになり、酒に逃げ、家族からも見放され離婚。
一人ぼっちになった彼には、これからの人生を支えてくれるものは何一つ残っていませんでした。
それでも生きていくためには働かなければなりません。
体の不自由さを抱えたまま必死に仕事を探し続けましたが、何軒も断られる日々が続きました。
そしてようやく一軒のペンキ屋が雇ってくれることになったのです。
その会社の社長は信心深い方でした。
正直なところ、最初は「体の不自由な人を現場に入れるのは会社にとってリスクが大きい」と迷われたそうです。
しかし信仰心の厚さから「それでもこれも何かのご縁かもしれない」と思い直し、二つの条件を守る事を約束してもらったうえで雇うことを決められました。
「まず挨拶をきちんとすること」
「そして病気があったからこそこうして私たちは出会えた。だからその病気に感謝すること」
彼はうなずき、その条件を胸に刻みました。
しかし現場では思うように体が動かず、仲間たちの視線は冷たいものでした。
「役に立たない」と心の中で言われているのがはっきりとわかりました。
――それでも、自分にできることはあるはずだ。
そう考えた彼は作業そのものは難しくても、作業前の準備ならできると気づきました。
それも誰にも負けないくらい完璧にやろうと決めたのです。
それからは集合時間より1時間以上早く現場に入り、道具や塗料をきちんと揃え、作業がすぐに始められる状態を作りました。
ペンキ塗りの仕事は、この準備が仕上がりと効率を大きく左右します。
彼の入念な準備のおかげで現場はスムーズに動き出し、次第に周りの態度も変わっていきました。
「いないと困る存在」へと変わっていったのです。
そんなある日の事、思いもよらぬ大きな仕事が舞い込みました。
しかし期限は迫りこのままでは間に合いそうにありません。
現場が慌ただしく動く中、彼は胸の奥から湧き上がる衝動を抑えきれませんでした。
――自分も、塗りたい。
震える手でハケを握ると、不思議なことに動かなかった手足が動き始めました。
ぎこちないながらも、確かに塗れているのです。
仲間も社長も驚き、そして心から喜びました。
その後も彼は大きな現場を見事にやり遂げ、その実績が評判を呼びました。
やがて航空会社からの大口の依頼まで舞い込むようになります。
かつて「疫病神」と思われていた男性は、いつしか「福の神」と呼ばれる存在になっていました。
そして最高の奇跡が訪れます。
ある日彼は社長にこうお願いしました。
「社長、トラックを貸していただけませんか」
理由を尋ねるとこう答えました。
「出ていった妻と子どもが戻ってくることになったんです。迎えに行きたいんです」
体のマヒという重いハンデ、自暴自棄の暗闇、家族や世間からの孤立。
それらすべてを彼は誠実さと真剣さで乗り越えました。
そして失ったはずの家族と人生を取り戻し、多くの人の心まで温める存在となったのです。
できないことに嘆くよりできることを磨く。
その積み重ねがやがて奇跡を呼ぶのかもしれません。
※これは実話です。大変素晴らしいお話だと思いましたので、私が少しだけ脚色してご紹介させていただきました。