何かに向かって一生懸命努力しようとする人はぜひこの一言を大切にしてみてください

努力を継続するという事は思いのほか難しい事ではないでしょうか?
「叶えたい理想の目標」みたいなものは誰しも何かしら抱えてはいるものの、その目標が本当に叶うまで、あるいは完璧に叶わなくても自身が最低限納得できるレベルまでは決してあきらめずに努力し続けられる人というのはそんなに多くありません。
そこには努力しているにもかかわらず、成果や成長を実感できる瞬間というものが殆どないというジレンマがあるからでは?と思うのですが、先日「半年ほど前からにピアノ教室に通い始めた」という知人も「教室に通い始めたは良いけれど、上達している実感が全然わかなくてやる気が出ない」「とりあえず続けてはみるけど、うまく弾けるようになるイメージもわかないしなあ~」とぼやいてました、
やはり人は思い通りの成果や上達が実感できないと、直ぐに心が折れてしまうのだと思います。
しかしそうしたことは何も普通の人に限った話ではありません。
プロゴルファーとして誰もが知るあの有名な石川遼選手も、人の何倍も努力を何年も続けているにもかかわらず、何ら上達した実感が湧かない自身に対して日々不安と苛立ちを覚え、挫折の連続だったそうです。
近年は少し成績に陰りが見えるとはいえ、これまでの活躍を振り返ってみればその才能に疑いの余地はなく、順風なプロ人生を歩んでこられたと思われるような人でもそうなのですから、努力を継続するという事は普通の人であっても何か大きなことを成し遂げれる特別な人であっても同じように難しいということですね。
プロになれるような人だから努力の成果を毎日のように実感できているとか、努力が楽しいなどということはないみたいです。
だけど普通の人と同じように辛く苦しい努力の継続を、石川選手はなぜ誰よりも続けることができたのでしょうか?
実はそこには「父親からの心の支えになる言葉がけが常にあった」そうで、
その言葉というのが「一年前の自分と比べてみなさい」というもの。
「一日一日の変化はあまりにも微々たるもの過ぎて地道な努力の価値や成果を感じることは難しいけれど、一年前との比較を行えば続けてきたその努力は決して自分を裏切っていないことに気付けるから」というのがその言葉をかけ続けてこられた理由のようですが、この言葉に支えられたお陰で今の石川選手があるといいます。
プロのスポーツ選手として活躍されている方はご本人の努力も称賛されるべきものだと思いますが、やはりそれ以上に御両親の物事の捉え方・考え方がお子さんの可能性を広げてあげているのではないでしょうか。
この話には「努力であったり成果に対する向き合い方」が凝縮されているように個人的には思うのですが、そのことを前述の知人に話してみると
「確かに昨日・今日の自分と比べても上達したところなんてないけれど、半年前に比べれば若干成長できた部分はあるから、努力の成果は長い目で見ていかないと気づけないのかも」「直ぐに成果を得ようと焦るほど、努力の価値が見えなくなるものなのかもしれないね」と返してくれました。
「結果に関わらず地道な努力を淡々と続けていくことこそが大切」ということは昔からよく言われてきた言葉のように思いますが、石川選手や友人の話を聞けばその大切さの一端が理解できたような気がします。
何かに向かって努力しようとするときは直ぐに結果を求めたりせず、まずは一年前の自分と比べてみることを心がけてみることから始めてみると良いのではないでしょうか。
努力を続けることが辛くなった時、きっと心の支えになると思います。